研究活動の紹介:「パフォーマンス・アプローチ心理学の導入」(茂呂 雄二教授)
2025年1月27日
現在進めているパフォーマンス・アプローチ心理学の導入の一環として、『パフォーマンス・アクティヴィズム』(新曜社・原著はFriedman, D. (2021)『Performance Activism: Precursors and Contemporary Pioneers. Palgrave. (Palgrave Studies In Play, Performance, Learning, and Development)』)の出版に向けて準備中です。以下、この本の訳者後書を紹介します。
現在進めているパフォーマンス・アプローチ心理学の導入の一環として、『パフォーマンス・アクティヴィズム』(新曜社・原著はFriedman, D. (2021)『Performance Activism: Precursors and Contemporary Pioneers. Palgrave. (Palgrave Studies In Play, Performance, Learning, and Development)』)の出版に向けて準備中です。以下、この本の訳者後書を紹介します。
著者のダン・フリードマンは、ウィスコンシン大学で博士号を取得した後に、複数の大学で非常勤講師をしながら、劇団員ならびに演出家として、ニューヨーク市の貧困地区でのコミュニティ・ビルディング活動を実践してきた演劇史研究者であり、演出家で劇作家、マルキストの政治的アクティヴィストでもある人物である。本書は、著者の四十年以上にわたる活動の視点から書かれたもので、従来のパフォーマンス研究では十分とは言えなかった、パフォーマンスを通した社会変革や社会の転換を目指す、政治的文化的アクティヴィズムについて、研究者でもあり実践の当事者でもある著者が書いたという点で、非常にユニークかつ貴重な書である。
現在日本では、インプロが学校や成人教育場面で利用され、学校教育でのドラマ教育への注目や、企業活動においてもパフォーマンスワークの導入などが見られ、パフォーマンス・アプローチが注目を集めている状況だと言える。
しかしパフォーマンス研究、パフォーマンス論に関する書籍は多いとは言えず、パフォーマンスがどのような歴史や意味を持つものなのか、とくにパフォーマンスに基づく市民運動・政治運動について知ることのできる書籍が少ないと感じていた。この点で、世界中の多様な実践が一望できる本書は、研究者や大学院生をはじめ、教員の皆さんやパフォーマンスを用いた実践家の方々にとって、世界で行われている多種多様な実践とその背景へのアクセスを容易にするという点でとても良い本だと思う。
著者のダン・フリードマンは、私生活ではロイス・ホルツマン(『遊ぶヴィゴツキー』『革命のヴィゴツキー』いずれも新曜社刊の著者)のライフ・パートナーである。2012年にホルツマンを発達心理学会国際ワークショップの講師として招聘したのだが、その事前打ち合わせをするためにニューヨークの彼らの実践現場の見学に行ったときに、フリードマンを紹介された。
本書にも登場するカスティリョ劇場は、ニューヨークの42丁目と10番街の交差点近くに、いわゆるオフオフブロードウェイにあるのだが、見学の際に劇場で対面した。ダンはこの劇場の芸術監督をしていた。その日の夜、上演されていたフレド・ニューマン作の『サリーとトム――アメリカのやり方(Sally and Tom: The American Way)』を観劇した。ちなみにこの芝居は、米国独立宣言書を起草したトマス・ジェファソンと、ジェファソン家の奴隷だった黒人女性サリー・ヘミングスの情愛を描いたもので、95年初演の作品である。フレドが生涯追求した米国の人種差別と米国社会の矛盾をテーマにしたものだった。
芝居の後、ユニオンスクエアにあるシーフードレストランで三人で食事しながら話をした。私は、ちょうどパソコンにあった、2008年にカリフォルニア大学サンディエゴ校で行われた国際文化研究活動理論学会(ISCRAT)の発表スライドを見せながら私の失敗した研究について話した。(この発表は、ヴィゴツキーが1928年に訪ソ公演した二代目左團次にモスクワで会ったという前提に立って、歌舞伎がヴィゴツキーやエイゼンシュテインの内言論に及ぼした影響についての仮説を提案したものだった。しかしその後のヴィゴツキーのアーカイブ調査からは、歌舞伎ということばすら見つからなかった、という残念な結末となったものだった。)
そのとき、彼らのパフォーマンス・アクティヴィズムの歴史や展開についていろいろと質問したのだが(たぶん迷惑なくらいしつこかったのだろう)、翌日劇場を再び訪れるとダンが以下の二つの未発表ドラフトのコピーをくれた。
Friedman, D. (January 1, 2009). Toward post-modern Marxism. Unpublished Manuscript.
Friedman, D. (August 12, 2010). A brief story of the All Stars Project. Unpublished Manuscript.
帰国後すぐ読んだのだったが、彼らの歴史と組織づくりの試行錯誤を理解する上で、大変役に立った。今読み返すと、この二つのドラフトが、本書の第3部のかなりの部分を構成していることがわかる。あの頃から書き進めていたものが、本書に実を結んだことに心からおめでとうと言いたい。
翻訳は、劇団黒テントの宗重博之氏と企画した、ほぼ一年がかりの研究会をやりながら完成させた。毎月の研究会開催という目標があるので、半ば強制的に翻訳を仕上げなければならないのは苦痛であったが、少しずつ積み上がっていく訳文は大いに励みになった。たぶん研究会がなければ、こんなに早く仕上がることはなかっただろう。宗重さんはじめ研究会に参加いただいた方々に感謝したい。
学術出版不況、翻訳権料の高騰、円安などの影響もあり、本書の出版には紆余曲折あったのだが、新曜社の塩浦暲さんのご理解とご尽力によって、著者フリードマンのことばを日本語で読んでいただけることになった。心より感謝申し上げる。また東京成徳大学からも出版への助成をいただいた。記して感謝申し上げる。
研究会を一緒に企画してくれた宗重さんは、本書で紹介されるさまざまな国や地域のパフォーマンス実践を読んで「勇気をもらえる」ということばを口にしていた。私も全く同感である。本書は、パフォーマンスを通して、いくらかでも現状を変えようとし、今とは違う場所を目指している、多くの人々を応援し鼓舞するものになると信じている。
(臨床心理学科)
現在日本では、インプロが学校や成人教育場面で利用され、学校教育でのドラマ教育への注目や、企業活動においてもパフォーマンスワークの導入などが見られ、パフォーマンス・アプローチが注目を集めている状況だと言える。
しかしパフォーマンス研究、パフォーマンス論に関する書籍は多いとは言えず、パフォーマンスがどのような歴史や意味を持つものなのか、とくにパフォーマンスに基づく市民運動・政治運動について知ることのできる書籍が少ないと感じていた。この点で、世界中の多様な実践が一望できる本書は、研究者や大学院生をはじめ、教員の皆さんやパフォーマンスを用いた実践家の方々にとって、世界で行われている多種多様な実践とその背景へのアクセスを容易にするという点でとても良い本だと思う。
著者のダン・フリードマンは、私生活ではロイス・ホルツマン(『遊ぶヴィゴツキー』『革命のヴィゴツキー』いずれも新曜社刊の著者)のライフ・パートナーである。2012年にホルツマンを発達心理学会国際ワークショップの講師として招聘したのだが、その事前打ち合わせをするためにニューヨークの彼らの実践現場の見学に行ったときに、フリードマンを紹介された。
本書にも登場するカスティリョ劇場は、ニューヨークの42丁目と10番街の交差点近くに、いわゆるオフオフブロードウェイにあるのだが、見学の際に劇場で対面した。ダンはこの劇場の芸術監督をしていた。その日の夜、上演されていたフレド・ニューマン作の『サリーとトム――アメリカのやり方(Sally and Tom: The American Way)』を観劇した。ちなみにこの芝居は、米国独立宣言書を起草したトマス・ジェファソンと、ジェファソン家の奴隷だった黒人女性サリー・ヘミングスの情愛を描いたもので、95年初演の作品である。フレドが生涯追求した米国の人種差別と米国社会の矛盾をテーマにしたものだった。
芝居の後、ユニオンスクエアにあるシーフードレストランで三人で食事しながら話をした。私は、ちょうどパソコンにあった、2008年にカリフォルニア大学サンディエゴ校で行われた国際文化研究活動理論学会(ISCRAT)の発表スライドを見せながら私の失敗した研究について話した。(この発表は、ヴィゴツキーが1928年に訪ソ公演した二代目左團次にモスクワで会ったという前提に立って、歌舞伎がヴィゴツキーやエイゼンシュテインの内言論に及ぼした影響についての仮説を提案したものだった。しかしその後のヴィゴツキーのアーカイブ調査からは、歌舞伎ということばすら見つからなかった、という残念な結末となったものだった。)
そのとき、彼らのパフォーマンス・アクティヴィズムの歴史や展開についていろいろと質問したのだが(たぶん迷惑なくらいしつこかったのだろう)、翌日劇場を再び訪れるとダンが以下の二つの未発表ドラフトのコピーをくれた。
Friedman, D. (January 1, 2009). Toward post-modern Marxism. Unpublished Manuscript.
Friedman, D. (August 12, 2010). A brief story of the All Stars Project. Unpublished Manuscript.
帰国後すぐ読んだのだったが、彼らの歴史と組織づくりの試行錯誤を理解する上で、大変役に立った。今読み返すと、この二つのドラフトが、本書の第3部のかなりの部分を構成していることがわかる。あの頃から書き進めていたものが、本書に実を結んだことに心からおめでとうと言いたい。
翻訳は、劇団黒テントの宗重博之氏と企画した、ほぼ一年がかりの研究会をやりながら完成させた。毎月の研究会開催という目標があるので、半ば強制的に翻訳を仕上げなければならないのは苦痛であったが、少しずつ積み上がっていく訳文は大いに励みになった。たぶん研究会がなければ、こんなに早く仕上がることはなかっただろう。宗重さんはじめ研究会に参加いただいた方々に感謝したい。
学術出版不況、翻訳権料の高騰、円安などの影響もあり、本書の出版には紆余曲折あったのだが、新曜社の塩浦暲さんのご理解とご尽力によって、著者フリードマンのことばを日本語で読んでいただけることになった。心より感謝申し上げる。また東京成徳大学からも出版への助成をいただいた。記して感謝申し上げる。
研究会を一緒に企画してくれた宗重さんは、本書で紹介されるさまざまな国や地域のパフォーマンス実践を読んで「勇気をもらえる」ということばを口にしていた。私も全く同感である。本書は、パフォーマンスを通して、いくらかでも現状を変えようとし、今とは違う場所を目指している、多くの人々を応援し鼓舞するものになると信じている。
(臨床心理学科)