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研究活動の紹介:「不思議な実験『待ちの実験』と」(茂呂 雄二教授)


2023年8月12日

認知心理学や認知科学で最近、注目を集めているトピックに、「認知の活動性・能動性」があります。人間の最も人間らしい特性は何かといえば、それは受け身のまま与えられた課題をこなすのではなく、自ら課題を作り出し現状を変更しようとするアクティブさ(活動性)なのだという考え方です。

この人間のアクティブさをとくに重要視したのが、ロシアの発達心理学者レフ・ヴィゴツキー(1896-1924)です。わずか37歳で夭逝したヴィゴツキーは、わずか10年ほどの研究期間に多数の著作、論文を残した人で「心理学のモーツァルト」とも呼ばれ、世界中の主要源に翻訳され、今もその思想が研究されてヴィゴツキーに関する著作が出版され続けています。
さて、ヴィゴツキーは、私たち人間は、何らかの媒介物を利用して、記憶したり判断や意思決定したりすることに着目していて、これらを心理的道具と呼びます。例えば、文字以前の社会では、記憶の媒体(補助装置)として紐や縄の結び目である結縄(あるいはキープ)が知られています。結び目を繰りながら、記憶を助けたり、記録として用います。
私たち人間は、自分の身の回りにこの種の心理的道具を積極的に配置することで、世界を自ら変化させています。この変化を利用して、自分自身も変化させていくのだ、このような積極的な変化・変容こそが発達なのであり、このような人間が自ら変化する活動性を明らかにしなければならないとヴィゴツキーは主張しています。
 
活動性研究の先駆者のひとりとして、アクション・リサーチを開拓した社会心理学者クルト・レヴィン(1890-1947)がいます。レヴィンはゲシュタルト心理学に基づく社会心理学を開拓したポーランド生まれのユダヤ人で、ナチスの迫害から逃れてアメリカで活躍した人です。レヴィンが考案し、交流のあったヴィゴツキーが後に実施した「待ちの実験 waiting experiment」という奇妙な事態があります。
この実験では、実験室に呼ばれた数名の被験者を残したまま、実験者は用事があると言い退室してしまい、何の心理学実験も行われないままに被験者は放置されてしまいます。被験者たちは、やがて話し合いを始め、どうにかしてこの事態を変化しようとし、「手段」になるものを見つけようと実験室を探索し始めます。壁の時計に着目した被験者の一人は、時計の針が30分になったら出ていこうと提案します。実験室のホワイトボードにメモパッド(付箋)を見つけた被験者は、実験者宛のメモを残して出ていこうと提案します。何をすればいいのか意味を失った待ちぼうけの事態は、被験者たちの能動的な行為を通して変革されて、最終的には「突破」されるのです。状況の意味は、被験者たち自身の話し合いの行為と新しい目標探しによって、別の意味に転換されるのです。

通常実験につきものの変数操作もない、このような事態は実験と呼べるのでしょうか。「実験音楽」や「実験演劇」などの創造的な芸術的な活動に倣えば、待ちの実験も創造的な事態であり、これこそが本当の心理学「実験」だとも言えるのではないでしょうか。

(臨床心理学科 茂呂雄二)
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