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お知らせ

2017/03/12

教える・育てる・見守る・育つ

  2017年2月22日付の毎日新聞で、横浜国立大学教授の工藤由貴子先生が「私の社会保障論 人生の師、希薄な時代」というコラムを書かれています。それによると、日本の少子高齢化による変化として、「年金・医療・社会保障費の増大、非正規雇用の増加、若者の貧困、1人暮らし高齢者の増加など」だけでなく、たとえば親世代には、平均13人のおじさん・おばさんがいたのに、今の大学生世代には、平均5人程度しかいないことが指摘されています。
  そして心理学者である河合隼雄先生の『子どもと学校』という著作から「子供が『育つ』ときには、それを見守る大人が必要で、育つためには教えることが必要で、教えることが可能なように育っていることが必要」という部分を引用しながら、「親より遠く世間より近い大人」の創出が、これからの時代にとって重要であるという内容でした。

  この「親より遠く世間より近い大人」という言葉が、心に強く響きました。選挙権を得て、ほぼ大人扱いされる大学生にとって、大学教員は、教師であると同時に、親とは異なる見方・考え方、時には人生経験を、「人生の同僚」として伝えることができ、学生にとっては「世間より近い大人」そのものだと思ったからです。

  引用されていた『子どもと学校』という本を読んでみたところ、引用箇所のあとに、さらに「子どもが育つのを本当に「見守る」ということは、何やかやと「教える」(結局は干渉していることなのだが)よりも、よほどエネルギーのいるものなのである。」とありました。
  なるほど、なるほど! 科目や分野によっては、何から何まで、すべてを教えないといけないというものもあるでしょう。ですが、たとえばグループワークでは、チームで何をするかを決め、役割分担をし、必要な資料を手分けして集め、議論し、プレゼンテーションのための作業などを経験させることが主な目的であるため、教員は「教える」よりも「見守る」時間のほうが、はるかに多いのです。つい「ここはこうして、ああして」と「教えたく」なりますが、学生自身から質問や相談が出るまで、じっと我慢です。そして面白いアイディアが出ていれば、「それ面白いね。どうすれば実現するの?」と問いかけ、会話が途切れているチームには、「フランスでは、こういうとき『天使が通る』って言うらしいよ」などと声をかけつつ、「見守る」ことになります。
  そして、引っ込み思案だった学生が、思いがけないアイディアを提案していたり、なんでも自分の思い通りに進めたがっていた学生が、メンバーの意見をじっくり聞けるようになったり、植物の種がムクムクと芽吹くときのような驚きや嬉しさを感じる瞬間に出会えることもしばしばです。

  これからも「親より遠く世間より近い大人」として、観光を学びたいと考えている学生さんたちを、自分なりに「見守って」いきたいと思います。6年間お世話になりました。              観光文化学科  臺 純子

 

 

 

 

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